指先
  カタカタと窓枠が音を立てる。風がかなり強いらしい。ティエリアは本から視線を上げて窓の方を見た。パウダーのような細かい雪がひっきりなしに降っている。見ているだけで寒そうだ。
「もの好きだな……」
 ロックオンは今、外にいる。地上に住むようになって初めての冬、あまりの寒さにティエリアは耐えられなかったのに、ロックオンは全く逆だった。宇宙にいる時、生き生きしていないとは言わないが、寒くなるにつれまるで水を得た魚のようにキラキラした表情を浮かべていた。
『俺、雪国の出身だからさ』
 自分と態度が違いすぎる事を揶揄したら、ロックオンがぽろりと零した。水を得た魚は言い当て妙だったのかと、ティエリアは思った。
『ちょっと出かけてくるから』
 寒い朝、遅くに起きてきたティエリアをおいて、ロックオンは早々に出かけて行った。この時、まだティエリアは雪が降っているのに気がつかなかった。さっき、何気なく外を覗いて気がついたのだ。
「わざわざ、降っている時に出かけなくてもいいのに」
 雪は降り積もっている。数時間で積もるような量ではなかった。早朝からではなくて、深夜から降っていたのかもしれない。
 コーヒーを入れなおそうかと、ティエリアが腰を上げたときだ。パタンと玄関が開いた音がした。
「あの人は……」
 おそらくロックオンが帰ってきたのだろう。普段なら出迎えに行かないのに、この天気で無事帰ってこられたのか不安だった。
「ロックオン」
 パタパタとスリッパの音を立てて、ティエリアは玄関に向かった。案の定、ロックオンが帰宅しており雪にまみれてはいたがいつも通りだった。
「ただいま」
「……おかえり」
 帰宅時の挨拶はロックオンがティエリアに習慣づけた。ティエリアは未だに慣れない。一緒に住んでいるという事実がどうにも恥ずかしくさせるのだ。
 ちらりとティエリアはロックオンを見上げてみる。すると、視界に白いものが広がった。
「ティエリア、お土産だ」
 近すぎて見えなかったが、ロックオンがティエリアに差し出してきたものは、てのひらサイズの雪だるまだった。三段になっていて鼻や腕に枝が使われている。かなり本格的に作られていた。
「ありがとう」
 普段なら下らないと一蹴してしまうだろうが、なんとなく受け取ってしまう。穏やかな笑みを浮かべている雪だるまを見ているとティエリアも心が温かくなる。自然と表情が柔らかくなった。
「これ、どうしたんですか?」
「俺が作ったんだよ。上手なもんだろ?」
 ティエリアは覗き込むように雪だるまを観察する。映像で見た事はあっても、間近で見るのは初めてだった。ずっと持っていたからだろう。優しく持っていても、雪だるまはティエリアの指の熱を奪って融けようとしだした。
「わ」
 とろりと指の間を水が滴った。可愛らしく作られたそれを融かしてしまうのは忍びなくて、お盆の上に載せた後、冷凍庫にしまった。
 少し融けてしまったが、雪だるまは無事だ。しばらくは、冷凍庫を覗くだけで楽しめそうだ。



 ロックオンはコートを脱いでリビングへ向かった。
「寒かったでしょう?」
 ティエリアがソファに腰掛けていたので、ロックオンもその隣に座る。
「まあな。俺にとっちゃ、そんなに寒かないけどな」
 ティエリアの頬に手を添える。ロックオンはその自然な流れでティエリアにキスをしようとした。しかし阻止される。添えられた手がぎゅっとティエリアに握られたからだ。
「ロックオン……手が冷えています」
 自分のよりも小さな手が両手で握ってくる。ほのかな温かみに思わず頬がゆるむ。ティエリアも決して普段から手が温かいほうでなない。しかし自分の手ティエリアのそれより、あまりに冷たくて、自分のものではないような感覚になっている。
 ティエリアが握った手をしばらくじっと見つめた後、ゆるく手で包み込み、はあっと息を吹きかけた。
「ティエリア、さん?」
 突然の行動にロックオンは動揺が隠せない。そんなロックオンを気にする事なく、ティエリアは何度か息を吹きかけた。そのうちに、わずかではあるが体温が戻ってきた。ぎゅっと握りしめられる。その仕草に、ロックオンはくらりときた。
 先程叶わなかったキスを叶えるために顔を近づける。手を握り合ったまま唇を重ねた。ティエリアの柔らかくて、温かい唇を十分に堪能する。
「……ん」
 そのままの自然な流れで、ロックオンはティエリアをソファに押し倒した。キスを続けながら、抱きしめる。自分の体が冷えているのが、分かる。普段なら、自分よりも体温の低いティエリアの方が、今は温かく感じられるからだ。
「冷たいです」
「お前が温めてくれるんだろ?」
 我ながらベタな台詞だとは思ったが、思わず言いたくなった。案の定、ティエリアは渋い顔をしていた。

 けれど、それは台詞に対してで、これからの事に対してではないはずだ。
 その証拠にティエリアの頬は、冷えた自分の指先よりも赤くなっていたからだ。


女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理