ヤマアラシのジレンマ
 ミッションの確認をするため、各自にブリーフィングルームへの徴集がかかる。ライルが行くと、既にティエリアがいた。
「君か」
 ティエリアが着ているそれは、普段着ているソレスタルビーイングの制服でも、パイロットスーツでもなかった。まとっているのは、赤いマーメイドラインの胸元が開いたドレスだ。服に合わせるように、髪は腰までの長さになっている。化粧もうっすらと施しているらしく、唇が艶っぽくきらめいていた。
 どこからどう見ても、美少女が少し背伸びをして、大人っぽくしているといった風情だった。間違っても男には見えない。
「かーわいい」
 口笛をぴゅっとふいて本音を漏らすとティエリアが睨んできた。
「バカにしているのか?」
「いや、思った事を言っただけ」
 そこでティエリアは会話を中断してしまう。眉間に皺が寄っている事から不愉快に思っている事は間違いなかった。
 脚を組んで、座っているティエリアを眺める。外見はどう評価しても、トリプルA、特上、上の上――なかなかお目にかかれないような美貌の持ち主なのに、性格が問題だ。なにしろ固いし、あまり冗談が通じない。
 外見と同じように、ここまで生真面目な人間も珍しかった。それでも以前からいるメンバーは、優しくなった丸くなったというのだから、以前はどうだったのだろうと背筋が寒くなる。
 ――それでも、兄さんはティエリアがよかったんだろうな。
 どういった関係だったのかは、明白には分からない。周囲が推測できる事はあっても、真実を知っているのは当事者だけだからだ。本人達が言わない限り、誰も知る事は出来ないだろう。
 ライルは兄とティエリアがおそらく平和な世界で住んでいたら、きっと「付き合っている」と言える関係だったのだろうという確信がある。それらを裏付ける行動をティエリアがしているからだ。
 ――そういえば。
 もし、平和な世界で兄とティエリアが出会い、兄を介して知り合ったら果たして自分は今と同じくらいティエリアに興味を持っただろうか。
 あくまで仮定の話で絶対とは言えないが、まあ否だろうなとライルは思う。兄はどんな人間と付き合っているのだろうという興味は沸いても、おそらくそれ以上の興味が沸かない気がする。肌を重ねる事もなかっただろう。
「なにか?」
 じっと見つめているのに気がついたんだろう。じろりと睨まれるのにも、もう慣れっこだ。
「ちょっと……これが」
 ライルは立ち上がり、ティエリアに近づく。なんでもない事のようにティエリアの胸に触れた。人の肌特有の柔らかさが掌に伝わる。
「自前?」
 手を振り払うどころか、ティエリアは口さえ開いてくれなかった。無言の威圧感。ライルは手を外さずに、ティエリアの前に座り込む。丁度顔のあたりに胸がきた。胸の、柔らかいところに顔を押し付ける。手で触れるだけではどうなってるのか分からなかったからだ。興味七割、下心三割くらいだろうか。
「おいっ!」
 声が胸を振動させる。体の奥からとくんとくんと鼓動が聞こえる。それらが、この個体は生きているという事を教えてくれていた。しかし、人口であろう胸の膨らみは冷たかった。
 顔を寄せた胸は温かみがなくてひんやりしていた。冷たい人肌。人の肌の感触で冷たいというのは、あまりにも恐いものだった。顔も手も外す。
「何がしたいんだ、君は」
「さあ」
 軽薄な笑みを浮かべる。それをどう受け取ったか分からないが、ティエリアはそれ以上なにも言わなかった。
 それから、全員集まるまで互いに何も話しかけなかった。
 ティエリアを盗み見る。凛とした姿。しかし、それが彼のすべてじゃない事を知っている。死人の背を追いながら、彼は生きているのだ。
 矛盾している、とライルは思う。
 まるで死んでいるのに生きているみたいだと思う。死者と生者は交わる事が決して出来ないのに、ティエリアは追い続けている。それはライルにとって酷く矛盾した事柄だった。
 けれど、そんなティエリアの気持ちが分からないでもない。
 陥るのはジレンマだった。
 ティエリアに近づけば、傷を舐めあえるかもしれない。けれど、ティエリアも自分も近づけば傷つけあうだけだ。分かっているから、体は近づける事が出来ても、心を寄り添わせる事が出来ない。
 出口のない迷路を感じながら、それでもライルは自分が救われたいと思っている事に自嘲した。

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