昔のはなし
  ふわりと意識が自分の中に落ちてきたのが分かった。それが頭の中に収まったのを感じて、リジェネ・レジェッタは両の瞳をゆっくりと開けた。リジェネに合わせてカプセルが開く。
 リジェネは辺りを見渡した。一番最初に見たいものがあるからだ。
「ティエリア・アーデ」
 自分の隣のカプセル――05と番号がふられている――の中に彼はいた。暗い部屋の中で、そこだけはまるで発光しているかのようによく見える。
「僕の半身……」
 自分と同じ顔、自分と同じ髪の色。――閉じているので見ることは叶わないが、きっと瞳も自分と一緒だろう。
 リジェネはただそこに立ちつくして、食い入るようにティエリア・アーデを見上げた。
 濡れたままの髪も、何もまとっていない身体も気にならない。リジェネの興味は全てティエリアが持っていってしまっていた。自分とは違う、クセのない髪がふわりふわりと浮かんでいる。それをぼんやりと眺める。
 ――僕らと同じイノベイターだけど、ガンダムマイスターになるもの。
 最小限の情報しか与えずにガンダムに乗る。知る必要はないし、知っても彼の計画の遂行への障害となるだけだ。知らなくいい事は沢山ある。
 使い捨ての駒は人間だけで十分だろうとリジェネは思うのだけれど、その人間を制御すべき、審判が必要なのだ。その審判をティエリアが行う。つまり、彼は計画の第一段階の時点で役目を終えてしまうのだ。全貌の半分にも満たない段階で必要ではなくなる。
 リジェネが計画に参加するのは第一段階以降だから、彼の瞳をリジェネはおそらく一度も見ることが出来ないだろう。一度も「逢う」事はない。
「ティエリア」
 つま先立ちをしてティエリアの顔のところに自分の顔を近づける。無粋なガラスのせいでくっつける事の出来ない額をガラスにコツン、とぶつけた。
 僕がなる可能性のあった僕。
 死ぬ為に生まれてきた僕。
 考えるだけで、心臓が冷えそうな気がする。
 けれど、人間じゃないリジェネにとってそれはなんなのか、分かるはずもなかった。

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