視線が気になる。遠慮がちに不躾な目で見られて、居心地のいい人間など存在しない。
 しかし、数日もすれば次第にそれは薄まっていった。ある人物を除いては。
 ティエリア・アーデ。彼の視線は力を失う事がなかった。

身代わり
  視線が彼を追う。右へ行けば右へ。左へ行けば左へ。こんなに見つめてはいけないと分かっていても、視線を外す事は出来なかった。ふいに彼が振り返る。
「そんな目で見るなよ」
 ライルは口端を上げて、にやりと笑う。
「見ていません」
「見てたよ」
 長いコンパスで彼はティエリアに近づく。本当は後ずさりしたいくらいだったが、しなかった。虚勢を張りたかったからだ。
「そんな目で見られたら、期待に答えたくなっちゃうなあ」
「なんですか、それ」
 ティエリアは眉間に皺を寄せる。
「こういう事だよ」
 指がティエリアの顎に絡む。すくい上げられるように、上向きにされると彼の顔が落ちてきた。
 キス、された。
 ティエリアは動揺した。開かれたままの瞳が揺れる。
 動揺している自分が許せなかった。別に初めてではないし、所詮ちょっとした接触に過ぎない。それなのに、こんなにも心を乱されている。
 ティエリアがなにもしない事に焦れたのか、ライルから先に唇を離した。
「こういう時は抵抗してくれなきゃ燃えないだろ?」
「抵抗する理由がない」
 彼は片方の眉を上げた。じっとティエリアを見つめる。まるで全て見透かされそうだ。
「なんだ、それ」
「言葉のままだ」
 キスは、本当に大切な人としないと意味がない。そう教えてもらった。事実『彼』とのキスは心が震えたし、知らない自分を知る事が出来た。
 その彼と同じ顔、同じ声。共通点があろうとも目の前のロックオンからは、そういうものが得られない事は分かっていた。けれども――過去の呪縛に捕らえられたままなのは、自分が一番知っている。ティエリアは自嘲した。
「ふうん」
 彼はにやりと笑う。軽薄さが見え隠れするそれは、彼の表情にはなかったものだ。
「後で、オレの部屋に来るか?」
 否と答える理由はない。
「ああ」
 表情は変えずに、ティエリアは頷いた。



 一番の理由は好奇心だった。
 彼の視線に混じっているものは、情と熱。それに気がつかないほど鈍感ではない。
 それが自分ではない、自分を通した『誰か』を見ている事も知っていた。
 妥協をよしとしない中性的な麗人と、兄がなにかしら関係を持っていた事は察しがついた。
 だから誘ったのだ。純粋に兄がどういう相手に惹かれていたのか知りたかったのだ。
 しかし、普段の彼から考えてついて来ないだろうと思った。安易に人と関係を持とうとするように見えなかったからだ。ちょっとからかうつもりだった。だから、彼の返事は予想外だった。
 ふらりと彼はやってきた。部屋に入るのにも淀みがない。
 ベッドに座るときもベッドに乗り上げてくるときも、別に違和感を感じなかった。ライルにあてがわれた部屋は、以前はおそらく兄が使っていた部屋だ。
 互いに言葉は発さなかった。話す必要がないからだ。
 服を脱がせていく。白い薄い肌があらわになった。
 ――こんな体で戦っているのか?
 華奢な体は、弱々しい印象を受けた。力をこめたら壊れそうだ。
「どうした?」
 ティエリアが顔を覗き込んでくる。
「いや?」
 最初考えていた戸惑いは、すぐに消えた。互いの体が熱くなるとそんな事を考える余裕もなくなってしまった。
「ふ……ぁ、んっ……っ」
 生々しい水音と甘い声。自分自身を締め付ける場所は、最高の快感をくれた。
 簡単に入り込める場所ではなかった。かなりの時間を要した。けれど、想像の範疇だった。おそらくずっと使っていなかっただろうし、ティエリアが自分で触れようとする事は考えられなかった。
 別に面倒だと感じる事はなかった。硬質な彼が自分の腕の中でとろけていく様はかなりの見ものだ。男としての欲が満たされる。
「あっ……!」
 一際奥へ入り込んだ時、甲高い声があがった。互いの欲望が膨れ上がる。
「イきそうか……?」
「んんん……」
 むずがるような声を上げる。無意識なのだろう。ゆらゆらと自身で腰を揺らしていた。かなりの媚態だ。
「ロ……」
 喘ぐように言葉を紡ごうとする。焦点のあっていない瞳がそれでもライルを見つめてきた。
「ロック……、オン」
 舌打ちをした後、ライルは乱暴に腰を使った。一気に高みへと極める。
「あっ、あっ、あっ………んん」
 今――今、お前は『誰』の名を呼んだ?
 言葉で問いかけはしなかった。自分の矜持を保つためだ。
 死んでしまった相手には、一生かかっても勝つ事は出来ない。



「……ん」
 ふっと意識が戻ってくる。瞼を開けたティエリアは自分がいる部屋を見渡した。次第に頭の中がすっきりしてくる。
「そうか……僕は」
 肌を重ね合わせた後、意識を失ったのだ。今まで経験のした事ない、荒々しい動きに翻弄されるままだった。後半は殆ど記憶がない。
 そういえば彼はどこへ行ったのだろうと耳をそばだてると、部屋についているシャワールームから水温が聞こえた。すぐには戻ってこないだろう。そう踏んだティエリアは急いで衣服を身に着けた。部屋を後にする。
「……く」
 腰に力が入らない。細心の注意を払って歩いているが、おかしくなる事は否めなかった。
「そうか……そういう事だったのか」
 彼――ロックオン・ストラトスことニール・ディランデイは時々自分の中に触れていた。
 ティエリアにとってそこは排泄器官でしかなにのに、触れる理由が分からなかった。何度も聞いた事がある。彼は答えてくれなかった。……大人の笑みと、言葉にしなかった思いを唇に乗せて笑みを作るのだ。
 あそこをそう使う事が出来るのを、ティエリアは知らなかった。おそらくロックオンは気を使っていたのだろう。
「あなたは……」
 自分の部屋へ戻りベッドにうつ伏せになる。枕に顔を埋めた。
「あなたは、本当に愚かだ」
 優しすぎるのも問題だ。ティエリアは声を上げずに故人を想った。



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