外から民家や外灯の光が入ってくる。それを頼りに教室内を移動した。
『なあ、そっち終わりそう?』
『大体。後、なにすればいい?』
 季節は、くるくると巡っていく。
 カーテンの間から光が差し込んでくる。それを感じた朋輝は、眠りから覚めようとしていた。でも出来ない。
 ――気持ちいい。
 自分を包み込むのは、柔らかな布の感触と、暖かな人肌。狭いのが難点だが、寝床としては申し分なかった。再び朋輝を眠りへ誘う。
「んっ……」
 しかしそれは阻止された。朋輝を抱きしめていた男の力が強まったからだ。
「とーもーきー」
 後ろから抱きしめていた男は、薄目を開けながら、のしかかってきた。こっちも、起きてはいないらしい。
「なんだて、祐輔」
「それが恋人に対する態度?」
 上から体重がかけられた。重さに朋輝がもがく。
「重いて」
「うっせえ」
 のしかかったまま、祐輔は朋輝の頬にキスを落とす。一回、二回、三回。音がする甘ったるいキスに、朋輝は頬が熱くなるのを感じた。
「もう、やめろて」
「なんで? おはようのチュー。朋輝も嬉しいんだろ? 顔が真っ赤」
「バカ」
 朋輝が布団の中にもぐる。それを祐輔は追いかけた。
「ちょ……っと」
 抱きしめられて、素肌をまさぐられた。胸やわき腹を撫でられると息があがる。祐輔の手は、段々ときわどい部分に触れてきた。
「朝……なんです、けど」
「いいが」
 今日は特に予定がない。祐輔もそうなのを朋輝は知っていた。だけれども、朝からこんな事をするのは気が引ける。祐輔の悪戯な手から逃れようと、必死にもがく。
 狭いシングルベッドの下にはふたり分の衣服が散乱していた。見るだけで、赤面ものである。思わず顔を背けようとしたが、キラリと朝日に反射して光るものが見えた。朋輝の頭の中で昨夜の事が思い出される。
「あ」
「どした?」
「昨日の、指輪……」
 祐輔の腕から抜けて、ベッドから降りた朋輝は服の中から光るそれ――昨夜、祐輔からプレゼントされた指輪を拾った。
「外したんか」
 不服そうに言う祐輔に朋輝は笑った。
「ちがうて」
 再びベッドにもぐりこんだ朋輝は、自分の左手薬指にはめる。シンプルなデザインの華奢な指輪は、細くて長い朋輝の指にとてもよくあっていた。
「本当に、これ貰っていい?」
 宝物を手に入れたみたいに、左手の薬指にはめた指輪をかざしてみた。一粒だけついている小さなダイヤモンドがキラキラと様々な輝きを見せる。
朋輝自身、宝石やアクセサリーに興味はないが、まじまじと見てみて、これらに大金をつぎ込む人間の気持ちが分からないでもないな、と思う。
「もちろん。朋輝に買ったんだて」
 こんなものを自主的に買いに行くなんて恥ずかしい男だと、朋輝は思う。思わず顔が赤くなった。
「でも俺、クリスマスプレゼント用意してないし……」
 全く忘れていたわけではないが、どうしようと思っているうちにクリスマスがきていたのだ。自分だけ貰っては悪い気がした。
「プレゼントっていうか、記念で買ったし」
「記念?」
「そ。交際五ヶ月記念」
 そうか、祐輔の中ではそこからが付き合いとしてカウントされているのかと思った。体の関係を持ち始めたのは去年のクリスマスイヴからなので、その日から計算されていない分、誠実ととればいいのか。
「正確には、少し早いけどね」
 確かに覚えやすい日だったけれど、しっかりと日にちまで覚えている祐輔が恥ずかしくなった。顔を枕に埋める。その上に、祐輔はのしかかってくるように、くっついてきた。
「サイズ大きい?」
 朋輝の左手に祐輔の左手が絡まる。祐輔の言う通り、朋輝の指に対して二サイズ程大きかった。服の中にまぎれてしまったのも、昨夜、ふとした時に外れてしまったに違いない。
「レディースの買ったんだけどなあ」
 朋輝の指をもてあそびながら祐輔が呟く。朋輝の手は小さい上に細いので、女性サイズでも大きかったのだ。
「交換してこよか?」
「いいわ、これで。……祐輔には悪いけど、俺、いつもつけないと思うし」
「なんで?」
 寂しそうな顔で祐輔が覗き込んでくる。絡まる視線を外して朋輝は答えた。
「だって……急に指輪しとったら、絶対訊かれるが」
 朋輝は仲間内に恋人がいる事を話していない。仮にいると話したとして、祐輔と付き合っているのを悟らせない様にするのは難しいと思う。朋輝は思っている事が顔に出やすいのだ。それならいっそ、いないと話した方がいい。
「そだな。朋輝は嘘が下手だで、その方がいいわ」
「……ごめん」
「謝らんといてー。じゃあ、今日、指輪通すチェーン買いに行こ」
「うん」
 祐輔が再びキスを仕掛けてくる。しばらくベッドの中でじゃれあった後、ふたりは出かける準備を始めた。



 モーニングサービスの時間ギリギリに、ふたりは喫茶店に駆け込んだ。ホットコーヒーを注文する。コーヒーのほかに、トースト、卵、サラダ、果物が運ばれてきた。
「あの飾りも今日までだね」
 窓際の席だったので、通りの様子がよく見えた。緑と赤のコントラスト、クリスマスカラーが目の前に広がっていた。
「これも今日までだな」
「変なモンだよね」
 昼前だというのに、街はどこか眠たそうだ。クリスマスケーキを街頭で売る店員も、昨日の活気がどこかへいってしまった様に見えた。
きっと殆どのひとが昨夜のイヴを遅くまで楽しんでいたのだろう。今日がクリスマス当日なのに、おかしな話だ。
 外を見る祐輔の横顔をじっと見つめる。おおざっぱな作りをした顔だが、パーツがバランスよくおさめられているので、見栄えがする。穏やかな表情でいる事が多く、人に与える印象がいい。
祐輔のいうところの、付き合って五ヶ月というのは、大学生である自分の年齢を考えると、決して短い時間ではないだろう。しかも、大学も学部も同じなので四六時中一緒にいるし、朋輝は祐輔の部屋に入り浸っている。かなり濃厚な付き合いだ。けれど、それは祐輔の性格のお陰だと分かっている。
「和風って言えば」
 視線を朋輝に戻してから、祐輔は言った。
「成人式、行く?」
「行くよ」
「朋輝んとこは、小学校? 市、単位?」
「市の単位でやるて。場所が市民会館だて。祐輔んとこは中学校でやってたよね?」
 祐輔は朋輝と学年は同じだが、年齢はひとつ上になる。成人式は去年だった。
「ま、うちの場合、町の中に中学がひとつしかないでな」
「そうなんだ」
「ああ。はあー……そっか、成人の日は朋輝に会えんだな。同窓会とかあるんだろ?」
「やるってメールきとった」
「だよな。あー、見たかったな、朋輝のスーツ姿」
「スーツなんて、そんな特殊なもんでないが」
「でも見たい。絶対色っぽい」
「意味が分からん」
 苦笑しながら、朋輝はコーヒーに口をつけた。
「冗談じゃないて」
「はいはい。……そういう、祐輔こそ正月実家帰るんだろ? いつ帰るん?」
「三十一日に出て、三が日まではあっちにいるよ。過ぎてるけど、お参り行こうな。大きいとこじゃなかったら空いてるわ」
 朋輝は笑って了承する。朝食を食べ終えた二人は、朋輝のチェーンを探しに、街へ出た。



『三年B組でクラス会をしたいと思います』
 件名にはそう書かれていた。メールを送ってきたのは中学時代の学級委員だった。しっかり者の彼が幹事をしてくれるらしい。
 ――朝倉貴広。
 彼とは、中学校だけではない。小学校も高校も同じだった。幼馴染で親友、だった。
 最後に会ったのは高校の卒業式だ。あれから二年弱が経とうとしている。時の流れは残酷だ。
 あれから一度も連絡をとっていない。久々に携帯電話に名前が表示されて、驚いたくらいだ。東京に行ってしまった貴広と、地元に残った自分ではわざわざ連絡をとる必要もない。すべてがそのままだ。
 同窓会の出席は二つ返事で了承した。メールを送った後で、なんで自分が出席しようと思ったのか理由が分からなかった。
 中学時代のクラスメイトで特に会いたい人物など、思いつかなかった。



 年末年始はあっと言う間に過ぎていった。
 祐輔は実家へ帰り、する事のなくなった朋輝は年始に短期のアルバイトを入れた。普段は家庭教師のアルバイトをしているので接客業は新鮮だった。それに加え、後期試験の勉強や、レポートの作成に追われていた。気がつくと成人式だった。
 大学の入学式の時に親に買ってもらったスーツに久しぶりに腕を通す。慣れないので、不思議な感じだった。
「あっ、久しぶり」
 会場についた朋輝に、最初に話しかけたのは綺麗な振袖を着た女子だった。
「えっ……と」
 誰か分からず戸惑っていると、彼女はふくれっつらをして名乗ってくれた。
「私ー、藤里です」
 藤里。藤里麻理。高校の時の友達だ。元々少ない友達の、さらに少ない女友達で一番仲がよかった。
 眼鏡で隠されていた顔は、化粧のお陰もあるだろうが、綺麗で生き生きしていた。艶やかな着物姿では高校の頃のセーラー服と記憶が一致しない。声や口調や全体にまとっている雰囲気でどうにか分かる程度だった。
「フジ?」
「うん」
 かつて使っていたあだ名で呼ぶと藤里は満足そうに頷いた。
「ごめん、変わりすぎて分からんかった」
「それって綺麗になったって事?」
「着物がな」
「ウザ」
 わざとしかめっ面をする藤里は本当に可愛かった。
「そうだ、高校の時の子にあった?」
「いや、今来たとこだし」
「そっかー。あ、あっちにね朝倉くんいたよ」
 貴広の名前が出されてドキリとした。
「かっこいいよねー。更にかっこよくなってた」
「あ、そう」
「あ、あそこにいる」
 藤里が指差した数人のスーツの集団に、貴広はいた。心がきゅっと締め付けられる。殆ど、条件反射だ。朋輝は冷静を装って話を続けた。
「本当だ」
 貴広の周りにいるのは中学時代の友達ばかりだった。市内の中学校を卒業した人間が集まるので、高校の友達にはなかなか能率よく会えないのだろう。
「スーツ似合っとるよね。かっこいい」
 藤里は高校の頃貴広に告白している。
は駄目だった。色々と朋輝に相談しにきていたので知っている。
「そういえば、朋輝は明るくなったが」
 藤里の独り言に反応しなかったせいか、急に朋輝自身の事にふってきた。単純明快な藤里の事だ。孝弘の事ばかり褒めたので朋樹が不機嫌になっていると思ったかもしれない。
「まあ、元が凄い陰キャラだで」
「見た目は全然そんな事ないのにね」
 朋輝の自虐的な発言をフォローしないまま藤里は話を続けた。
「モテたのにね。あんたも片っ端から断っとったもんね」
 高校の頃、女の子に告白されたのは一度や二度ではなかった。いつだったかは、藤里が友人を連れてきた事もあった。断った時、物凄く苦い顔をされたのを記憶していた。
「まあな」
「その後どう? 相変わらず?」
「……そうでもないよ」
 頭の中を祐輔がよぎった。
「出来たの? 彼女?」
「まあ、そんなとこ」
「へー今度紹介してよ」
 朋輝が返事をする前に、麻理、と声がかけられた。朋輝の知らない人だったので、おそらく藤里の中学時代の友人だろう。
「あ、ユイだ。じゃね、朋輝」
 去っていく後ろ姿は知らない人だった。後ろ姿を眺めながら、じゃあなと言えなかった事に気がつく。場内アナウンスが入った。朋輝は中学校ごと指定された席につく。
「あ、朋輝じゃん。久しぶり」
 懐かしい顔ぶれが、声をかけてくれる。それに答えた。固まって喋っていた人々がそれぞれの席につこうとしていた。それをぼおっと眺めながら、朋輝は高校の頃、藤里としたやりとりを思い出していた。
 私、朝倉くんが好きなんだ。ある日、唐突に藤里は朋輝に告白した。そんな話を持ち出されて、朋輝は困惑した。なんのことない、協力して欲しいという話だったのだが。
 高校の頃、藤里が羨ましくて仕方なかった。好きだという気持ちを隠す必要がない。断られても、それほど学校生活に支障がない。羨ましかった。
『朋輝はいいなー』
 藤里はそんな事を言った。貴広の事相談された時だ。親身に話を聞く気がなくて、適当に相槌をうっていた。その中でふと言われたのだ。
『なんで?』
『ずっと、傍にいれるから』
 彼女らしい、簡潔な理由だった。
『友達だもんなあ。ずっと一緒におれて羨ましい』
 朋輝にしてみれば、藤里が羨ましかったから、なんだとこの野郎と思った。
 隣にいるのは、とても嬉しいけれど、同じくらい苦しかった。自分でせっせと作り上げた、幼馴染で親友というポジションは失いたくなかった。だから、朋輝はずっと友達のフリをしていたのだ。
 出来れば、本人にはっきりと言ってやりたかった。
「朋輝」
 飛び出るのではないかと思うくらい、心臓が跳ねた。自分はこの声を知っている。振り返らなくてもわかる。
「久しぶり」
 振り返ると、予想通りの人物が立っていた。朝倉貴広。
 朋輝の知っている貴広よりも洗練されているような気がした。スーツを着ているからかもしれない。
「隣座ってもいい?」
「いいよ」
 自然に振舞おうとすると、よけい不自然になるような気がした。自分の言動に神経を使う。
「今日の同窓会来るんだよな」
「行くって。メール送ったが」
「そうだな」
 それ以上は会話が続かなかった。式が始まったからだ。市長や市議会委員、成人代表者が舞台の上で喋っているのをただ、ぼうっと見つめていた。



 同窓会には、元クラスメイトが約半分くらい集っていた。適当に座って、お酒や料理を楽しんでいる。昔話や、近況に花を咲かせているのもいるみたいだった。
 朋輝の隣には、坂本という男が座っていた。自分と同じ大学生という身分で、近況はしやすかった。
「朝倉、大変だな」
 店員と注文のやり取りをしている貴広を見て、坂本が呟いた。
「そうだな」
 手伝った方がいいのかもしれないと思ったが、あんなにテキパキ動けない事を知っているので、大人しく座っている。
「あいつ、どこ大?」
「K大」
「東京だが」
「知らんかった?」
「知らん知らん」
 ポツポツと話しながらも、朋輝は貴広に視線を送っていた。こっちを見られそうになると視線を外し、盗み見るように貴広を見つめた。昼間、じっと見たわけではないので気になるのだ。
 記憶の中の貴広と、目の前の貴広が、想像以上に違って戸惑いを覚える。髪は明るい色になっていたし、服のセンスもよくなった。いつも学ランだったので、私服をよく見ていたわけではないが、高校の頃、校外模試や予備校で見ていた格好とは違っていた。
いつも不思議なデザインTシャツを着て、ジーンズを履いているような感じだった。少なくとも、今着ている、体のラインが奇麗に出る黒のニットや、値が張りそうなビンテージジーンズを履いたりはしなかった。
 祐輔だけではない。誰もが変わっていた。クラスで目立たなかった様な女子が、ファッション誌から飛び出てきた様な容姿になったりしていた。もしかしたら、自分も他人から見れば変わったのかもしれない。
「みんなー、ラストオーダーだから飲みたいものあったら言えよー」
 貴広が皆に声をかけるとあっちこっちからドリンク名が飛んだ。その光景を朋輝はただ、ぼうっと見ていた。

女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理