君に別れを告げたとしても
 外から民家や外灯の光が入ってくる。それを頼りに教室内を移動した。
『なあ、そっち終わりそう?』
『大体。後、なにすればいい?』
『そっちの板、やれば終わるで』
 買ってきたまま放っておいたのだろう、ベニヤ板には上靴で踏んだと見られる足跡がついていた。
『上から塗れば、分からんよな』
 明日には使えるようにしなければならない。細かい事に気をとられている余裕はなかった。明日は、文化祭当日である。クラスの出し物である、展示物の作成は終わっているが、部屋を仕切るための板の準備が終わっていなかった。
その板を立てるための土台のような物の準備は出来ていた。立てるのは当日にしても、色が塗っていないのはマズい。かといって、持ち帰ってやるわけにもいかない。男子の中でじゃんけんをして、負けた人がやる事になったのだ。……朋輝は負けた。
『あっちの終わったで、こっち手伝うわ』
 貴広が刷毛を持って現れた。朋輝と同じ板にひたすらペンキを塗る。手元がスタンドライトで照らされていた。
それにしても大きなものから順に準備しろよ、と統括をとっていたクラスメイトを恨んだ。あまりにも、順序が悪すぎる。まとめる人間の要領が悪いせいで、誰かが被害を受けるのだ。
確認はしていないが、時計はきっと九時を回っているだろう。朋輝と貴広は居残ってやっているのではない。今日は学校に泊まりだ。その事は教師にバレていて、暗黙の了解みたいになっている。一晩残っても、死ぬ事はないからだろうか。
確認はしていないが、全クラスではないにろ、他にも泊まり組はいるだろう。時々、不自然な物音が横や下から聞こえてくる。
『腹へった』
 クラスメイトが買ってきてくれた、菓子パンやおにぎりは全部食べてしまった。育ち盛りの食欲はそんなものでは治まらない。
『俺も』
『朝、何時ごろなら出てもいいんかな?』
『さぁ? 学校開くのは?』
『いつもは、八時前だけど……。当日だで、早いと思うよ』
『そんじゃ、それからコンビニ行こまい』
『そだな』
『そっち、どう?』
『まぁ、どうにかなるだろ』
 部屋の電気をつけるわけにもいかず、スタンドライトのみなので薄暗い。唯一明るい手元だけを見て、作業は行われた。
『出来た』
 朋輝は、自信満々に顔を上げたときだった。
軽く、唇が触れた。
暗いのでどうしても手元に顔を近づけてしまう上に、作業しているのは同じところだった。自然に、顔が近くなる。相手の顔を見ようとしたら、触れてしまったのだ。
沈黙が落ちる。
 朋輝も何も言えなかったが、貴広も何も言えなかった。先に絡み付いていた視線を外したのは貴広だった。
 朋輝は確信した。この友情ごっこはここで終わりだ。
 必死に繋いできたそれが壊れるのは時間の問題な気もしていたが、意外にもあっけないものだった。
 その夜は、お互いに何も言わなかった。出来たからもう寝ようと、余ったダンボールの上に、女子が置きっぱなしにしているひざ掛けを掛け布団代わりにして寝た。ひざ掛けはあったのだが、余っていたダンボールがそんなにないので、くっついて寝なくてはいけなかった。
 もちろん、朋輝は一睡も出来なかった。



 変わらない日常に、変化をもたらすのは大抵自分以外の誰かだ。
「オレ、朋輝の事好きだけれど」
 半期を終えた事で、大学生活というものが分りはじめていた。高校とは違いすぎる環境の変化に慣れてきた頃、朋輝の友達――祐輔は話をきりだした。
「は?」
 大学の外のベンチ。購買で買ったパンやおにぎりを二人で食べているところだった。世間話をするみたいな口調だったので、朋輝の思考回路がついていかない。
 あまりにも唐突なので、何の話かと思った。どうやら告白だったらしいというのに気がついたのは、言われて数十秒。
「……何か、言って下さい。言った本人が重くなってんだけど」
「あ、ごめん」
「そのごめんは、どうとったらいい?」
「ごめん。……ええっと、そういう意味じゃなくて」
「どういう意味?」
「よく、分からん」
 自分の場合、恋愛をする上で性別を気にするのはよくないと分かっている。かといって、祐輔を恋愛対象として見ていたかどうかは別だ。
「こういう事、男から言われるのは嫌か?」
「分からん」
 小首をかしげながら、朋輝はペットボトルに口をつけた。
「さっきから、そればかりだが」
「本当に、分からんだよ」
「そうか」
 祐輔は朋輝の手を取って、優しく上から包み込んだ。
「本当に、好きなんだ」
 真摯な目が朋輝を見つめる。瞳の奥でなにかが揺れていた。
「最初、朋輝なんて話しかけたか覚えとる?」
「ええっと……」
「――ごめん、シャー芯持ってない?」
「……」
「覚えとるよ。なんて言おうか、えらい悩んどったもん。……一目惚れだったんだ」
 じっと目を見つめていたが、それを見ていれなくなって、そらした。
「話だけは聞いとって。朋輝の場合、話さんとフェアじゃない」
 祐輔が、膝の上で握っていた手を、上から包む。優しい接触。それに動揺したり、嫌悪したりする事はなかった。
「――飄々としとるヤツだな、と思っとったんだ、最初。けど、見てるうちに分かった。不器用なんだなって。飄々としてるけど、少し頼りなさげで、寂しそうで。気になった」
 包み込んでいた手に力が入る。
「見てるうちに、段々と気になって。話してみたらもっと好きになった。可愛いんだな、お前って」
 可愛いと言われて、嬉しくはないが何だか恥ずかしい。さらに顔をそらしたくなったが、それは敵わなかった。祐輔の瞳には力があるのだ。幼児と目が合った時に似ているかもしれない。
「好きだ」
 今、ここで何度言われただろう。ぼうっとそんな事を考えてしまう。自分にとっては非現実的な言葉だったのに、それが自分に向けられている。困惑していた。
「……」
 何も言えなかった。良いとも悪いとも。
そんな朋輝を見て、祐輔は苦笑した。するりとてのひら全体で頭が撫でられる。思わず目を細めてしまうくらい、気持ちが良かった。一度撫でただけで、手は頭から離れていった。
「おーい、祐輔」
 向こうから、手を振っている男がやってきた。遠くで顔をは見えなかったので誰かわからなかったが、近くに来ると分かった。一般教養でよく一緒になる学生だった。
「お前、次に笹田の授業とってたよな? まだ行かねえ?」
「もう、そんな時間?」
「後、十分。ここからだと遠いだろ。ギリギリじゃね?」
「そだな。……じゃあ、行くね、朋輝。考えといて」
その言葉を残して、祐輔はその場を去っていった。
 大学合格が決まってから、やや無気力になっていた自分がドキドキしている。心臓から血が送り出されて、全身を駆け巡っていくのを感じた。生きている感覚がする。
 当然だが、困惑した。祐輔を受け入れれば、楽になれるような気がした。気を張っていないと、心を侵食していく、アレ。無気力気味の自分は確実にアレの餌食になっていた。
 優しくされたり、好きだといわれたりするのは気持ちがいい。けれど、それをすべて受け止められない何かが胸の中に存在する。祐輔の好意を受け止めていいのだろうか。甘えてもいいのだろうか。
 自分自身に問いかけていた。



 目を閉じれば、貴広の事を簡単に思い出される。
貴広が自分の名を呼ぶ時の声の調子や、何気ない表情。色あせない思い出に、自分でも嫌気がさした。
『朋輝』
 気がつけば、いつもそこにいる。そんな存在だった。そこにいるのが当たり前で、いない方が朋輝にとってイレギュラーな事だった。
 貴広は人当たりがいいから誰とでも仲良くしていたが、朋輝は違った。あまり人と上手に話せない。貴広は自分の事を放っておけばいいのに、しなかった。いつでも朋輝を構いたがった。
 お昼ご飯を食べる。一緒に帰る。いつでも傍には貴広がいる。それは嬉しい事だったが、時々胸が痛んだ。チクンと刺されるような、小さなものだったけれど。
 胸に痛みを感じるのは、大体二人だけでいるときだった。いつも一緒にいるので、二人だけになるのは少なくない。そのたびに胸が痛むのだ。無視する事は出来なくなっていた。
なんだろう、と考える。色々あがっていく考えの中でひとつだけ、最も答えに近いものが上がった。が、それを認める事が出来なかった。
 ――恋、なのでは。
 もちろん、貴広の事は好きだけれど、そういう意味で好きなわけではない。自分の中で必死に否定した。同性愛者なわけがない。そんな目で貴広を見ているはずがない。
否定して、心の奥へ沈めてしまおうとすると、よりその思いは強くなった。いつ気持ちが、体の、心の中で暴発してしまうか分からないところまできていた。
 自分でつけた心のストッパーが、痛いくらい絞めつけた。心が悲鳴を上げるところまで。
極めつけは、高校の文化祭前の出来事だった。お互いする気のなかった不意打ちのキス。
 どちらも、どうしようもなく、子供だった。気がきいた言葉ひとつ、言えやしない。それに反応するにも、流してどうって事ない話をふる事も出来ないくらい、子供だった。
 朋輝は、これが起きたのが三年生でよかったと思った。それ以上はきっと耐えられない。
 帰り道、何気なく歩いていても、心が暴走する。貴広の右手と、朋輝の左手。ぶつかりそうになりながら、歩いていた。
 ――繋がなくていい。ただ手が触れれば。
 切に、バカみたいに、そんな事を願っていた。そして、願っている自分自身に、嫌悪した。そんな事を考えるのは、ゲイだけだ。自分はゲイじゃない。普通なんだ。女の子が好きなんだ。呪文みたいに何度も唱えた。自分がその魔法にかかれば、こんな苦しい思いはしなくていい。そんな事も、また考えた。
 あの時、自分は同性愛者だと認めれば、貴広との関係はどうなっていただろうと考える。それを考えれば考えるほど、苦しくて、やるせない気持ちがこみあげてくる。
 自分自身が、ゲイなのか、バイなのか、それとも本当はノンケなのか。そんな事はどうでもいいと、今の自分は思っている。考えても、一生分からない事のような気がするからだ。ただ、どんな人たちと恋愛を通じて関わり合いましたか、と問われれば、全て男性とだけ、と答える。そういう意味では、自分はゲイなのかもしれない。
 けれどもそれは、少しずつ世界が変わっている自分にとって、やはりどうでもいい事にはちがいなかった。
 ただひとつ、心の奥に潜んでいるものは後悔だ。あの出来事から、二人の関係は崩れてしまった。
あの、崩れたままの関係を放置したまま、見ないふりをして逃げた。それをいまだ、消化できずに、心の中で後悔という名をつけて、飼っている。



「朋輝」
 呼ばれたので振り返るが、頭を動かすだけで、さらに酔いが回った。くらり、と眩暈を起こす。へにょ、となんとも情けない感じでうつ伏せてしまった。
「なに?」
「なに、じゃないて。今日は泊まってきゃあよ。そんなんでは、帰せんわ」
「だいじょーぶ。電車一本だで」
クリスマスという名目で、大学の友達数名と飲んでいた。クリスマスに縁がなかったメンバーで、外のイルミネーションを避け、祐輔の部屋で飲んだり、ケーキやチキンを食べたりで、遅くまで騒いでいた。
メンバーは、順々に帰ってしまって、朋輝しか残っていなかった。
「そんな状態じゃ、電車で座っとる事も出来んて」
 うつ伏せていた朋輝を、祐輔は仰向けにする。
「泊まってけ」
 期待するようなまなざしで見つめられた。勿論、朋輝はそれが何を察しているのか分かっていた。
 祐輔は何度も朋輝を口説いてきた。それを朋輝は、ずっとのらりくらりとかわしていた。一歩踏み出すのが恐いのだ。どうしようかと頭で考えても分からない事だというのは、分かっていた。
 だから、それにのってもいい、とまで朋輝は最近思うようになっていた。なかなかいいタイミングを得られなかったので、動けずにいたが。
 それが今夜かもしれないと思った。
「朋輝」
寄りかかれば楽なのだろうか。楽なら、そうしたい。だけど、理性が歯止めをかける。考えはまとまらなかった。酒の入った脳では考えられるわけがない。
「祐輔……」
「なにも考えんじゃない」
 それは甘い誘惑だった。もう、なんだかどうでも良かった。疲れていたのだ。温かいところにいたい。優しくされたい。人間の本能ではないか。
「ん」
 頬に優しいキス。続いて額にも。何度も何度も繰り返し、アルコールも手伝って夢見心地にさせられる。もうだめだ。思考回路は止まっていた。
 力が抜けきった朋輝を祐輔はベッドに乗せた。その上にのしかかってくる。キスが再開された。
 唇が、頬や額ではなく、朋輝の唇に落ちた。薄く開けていた口の中へ舌が割り込んでくる。強引に入ってくるわりに、変に遠慮がちな動きをしている。自分から入ってきた舌に、朋輝は口腔内で挨拶をした。舌でつついて、前歯で甘噛みをして。包み込むような、けれど勢いのあるキスになる。朋輝はそのキスに溺れた。
「大切にしたい」
 優しい音楽を聴いているような気分にさせる声。
「だで、オレにあずけてみて」
 体をとも、心をとも言わなかった。抱きしめてくれる腕の中に顔を埋める。いやいやをするように首を振って、さらに奥へ。もう何も考えたくなかった。
 服の中に入ってくる、まだ少し冷たい手。撫でられる感覚。胸に触れられると、体が震えた。
 布団の中で服を脱がされる。裸にされたとき、肌で直接感じる布団が気持ちよかった。祐輔も脱いで、抱きしめられる。体はまだ高ぶっているとはいえない状態だったけれど、心が高ぶってきていた。人肌を、シーツを、直接肌に感じている。
「あ」
 片手で腰を抱かれたまま、もう片方の手で下肢をまさぐられた。熱がそこに集中して熱くなる。頬や首筋にバードキスがされるけれど、そっちに意識をやる事なんて出来なかった。
 高まっていく熱に身をまかせつつも、小さな理性が困惑している。身を捩らせて祐輔のと間に隙間を作りたかったが、それも祐輔におさえられてしまった。
「好きだ、朋輝」
 耳元で囁かれる。低い声は、朋輝の欲望を直接的に愛撫した。
「あっ」
 熱が放出される。ふわっと体が上がるような感覚の後、体に重さが戻ってくる。祐輔が手で受け止めてくれたものを、ティッシュでふいていた。もぞもぞと動いていると、太ももに固い感触があたる。
「へっ」
 もしかして、もしかしなくてもあれだろうか。祐輔の顔を見ると、何とも言いがたい顔をしていた。そして、判断に悩むような困った顔をしたのは一瞬。
「ごめん」
 申し訳なさそうに、祐輔は謝った。謝ると同時に、両手で尻に触れてきた。ぎゅっとつかまれる。今までの優しい触れ方とは違う何かを、朋輝は感じていた。
「ちょっと……祐輔」
 祐輔が求めている事が分かり、頬が熱くなる。
「オレのせいにしていいで。無理矢理オレが迫った。それだけだ」
 祐輔は許してくれそうになかった。朋輝は出口をふさがれた様な気分になった。困惑している。そんな朋輝をさしおいて、祐輔は先に進めようとした。
濡れた人差し指が奥をまさぐる。何度か撫でた後、朋輝の中へと潜り込んできた。
「んっ」
「やっぱキツイよな……」
 枕元に色々ものが置かれていて、その中にハンドクリームもあった。祐輔は掌に沢山出して、それを朋輝に塗りつける。
「はっ…はっ」
 熱が奥から溜まってくる。それを発散させるように、息を吐いた。ぐちゅぐちゅという生々しい音が耳に残る。
 正直言って、異物感はあった。けれど、体の奥から湧き上がるような、体験した事のない快感に翻弄されていた。バカみたいに、頭が空っぽになっていくのが分かった。枕にすがっていた。
「少しだけ。ほんの少しだけだで、いい?」
 息も絶え絶えになった頃、祐輔が訊いてきた。せっぱつまったような顔。駄目とは言えなかった。かすれた声で、「いいよ」としか言えない。祐輔に背を向けるようにひっくり返される。
「待てないんだ、ごめん」
 握り締めていた枕が取り上げられ、下腹部の下に差し入れられ固定された。脚を大きく開かされ卑猥な姿勢を求められる。
 羞恥は一瞬だった。
「はああっ、んん」
ぐぐっと朋輝の中に祐輔が入りこんだ。慎重にゆっくりと挿入される。奥から押し広げられる感覚は苦しかったが、丁寧な動きをするので痛いという事はなかった。
むしろ痛いのは、抱擁の方だった。肩に手が置かれて、しがみつくように後ろから抱きすくめられる。
「んっ……ん」
 ゆっくりと抜き差しされる。感触が生々しい。恥ずかしいのか、自分の欲望を刺激しているのか、分からなくなっていた。
肩に置かれていた片方の手が、朋輝自身を包む。祐輔のものと同じ動きで擦り上げられ、少しずつ硬度を取り戻していた。体の中から外から責め上げられて、朋輝はもだえた。
知らない間に、祐輔の動きにあわせて腰を動かしていた。耳元にあたるかすれた吐息に、自分の呼吸を合わせる。
「朋輝も、気持ちいい?」
 訊くまでもない。何が何だか、分からないくらいに気持ちがいい。どうにかなってしまいそうだった。
 後ろから、抱きしめられている安堵感。甘く責め立てられる高揚感。丁度いいくらいにブレンドされて、朋輝を刺激する。
「あっ――……」
「んっ」
 上り終えたのは、だいたい同じくらいだった。気持ちよさに呆然とする。目を閉じると、ふわふわと睡魔が襲ってきた。
うなじにキスが何度も落とされている。規則性があるその感触に、夢の中に誘われてしまった。夢かうつつか――境目がなくなっていって、分からなくなる。
ここは、とてもいい場所だ。
温かくて、優しく抱きしめてくれる腕がある。その腕に身をまかせる事に、何も不安はない。
 自分がずっと悩み続けたのが、バカらしくなるくらい簡単な事だった。同性と寝るのも、祐輔と肌を合わせるのも、難しく考え過ぎていたのかもしれない。
 朋輝は、祐輔の首筋に顔を埋めて眠っていた。



 桜の蕾がふくらみ始め、なんて同級生が答辞を読んでいたが、実際は桜の木に蕾どころか、雪が積もっていた。
 教室では別れを惜しむクラスメイトが写真をとったり、アルバムに書き込みをしたりしているだろう。朋輝は別れを惜しむよりも、国立の後期試験の勉強の方が気になっていた。一足先に、教室から抜け出す。
『朋輝』
 声で誰か分かった。振り返らずに、その声に答えた。
『教室におらんでいいの?』
『ひとりふたり、おらんくても分からんて』
 本当はそんな答えを求めているわけではない。なんで自分を追ってきたのか、問いたかった。
『朋輝、大学はどこ受かった?』
『この時期にそれを訊く? どっこも受かっとらんかったらどうすんの』
 くるりと振り返って、笑ってやった。
『そんな事ないだろ?』
『まあな、国立受けとるでどこかはまだ決まっとらんけど、私立はN大とC大』
『地元? K大は?』
『受けとらん』
『第二希望くらいにいれとらんかった?』
 夏までは。
『親に言ったら、怒られた。金ないって』
『マジで? 東京の大学とか全部駄目て?』
『ああ』
 親には、有名大学なら出してもいいと言われた。K大は十分有名大学だ。朋輝の成績なら受からない事もなかった。けれど、朋輝は受けなかった。
『そっか』
 貴広の学ランのポケットから、間抜けな着信音がした。会話を聞くと、どうやらクラスメイトが貴広の事を探していたらしい。
『ほら、早く行けよ』
『朋輝は戻らん?』
『俺は帰る』
『……そっか、俺さ』
 うつむいた貴広は二三度、口を動かしたが声にはならなかった。その様子をじっと見つめる。やっと声になったかと思えば、それは宣告だった。
『K大受かったんだ。そこに行く事にした』
『おめでとう』
『……会えんな』
 呟きだった。けれど、それを逃すほど朋輝は抜けていない。最後に、貴広は顔を上げた。じっと目を見つめてくる。
『じゃあな。……さよなら』
 それだけ言って、教室へ駆け出した。朋輝は貴広が行った方向とは逆に歩き出す。
 もう一度、振り返った時には貴広は見えないところへ行っていた。

女の子お絵かき掲示板ナスカiPhone修理