いとしいひと
 瞼が震える。その様を観察していると、ゆっくりと瞼が開いた。焦点の合わない瞳がじっとティエリアを見つめた。
「……ティエリア」
「目が覚めたか、刹那」
 言葉には出さないが、ティエリアは心の中で溜息をついた。大丈夫だと分かっていても、落ち着ける精神状態ではなかったからだ。
「ここは……」
「医療室だ。腕の傷がかなり化膿していたから、熱も出ていた。さっき体温を測らせてもらったが、今はもう平熱に戻っている。腕も方も治療したから大丈夫だ」
「そうか……」
 普段の意志に強そうな瞳が、幾分ぼやけて見える。調子が戻っていない事を如実に語っているようで、あまり刹那の瞳を見返すことが出来ない。ティエリアは立ち上がった。
「どこへ行く」
「皆に、君の意識が戻ったと伝えてくる」
「待て」
 部屋を出て行こうとしたのに、刹那がシャツの裾を引っ張って阻止をする。
「なんだ」
「すまない」
 最初、何を謝っているのか分からなかった。元々口数の多い人間ではないし、順序だてて話す事もしない。本当に、すまなそうな顔をしているので何が伝えたいのだろうと思考をめぐらせた。ひとつだけ、刹那が言いたい事まで考えがたどり着く。
「大丈夫だ」
 過去の、四年前の事を思い出したのだろう。ロックオンが負傷して弱くなっていたティエリアを刹那は見ている。
「大丈夫だ。僕は、必ず帰ってくると信じていたから」
 ゆっくりと、自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「そうか」
 刹那はそれ以上、何も言おうとしなかった。しかし、シャツの裾を握ったままだ。
「離してくれないか」
 瞬間、腕が引かれる。全体バランスを失うほどのものではなかったが、上半身が前のめりになり、少しつんのめった。刹那の上に、上半身が重なった。
「刹那」
 視界いっぱいに刹那の顔をが広がったと思ったら、唇に柔らかいものが触れる。それが何かと認識する前に、柔らかいものはすぐに離れていった。
「何をするんだ」
 自分の唇――刹那の唇が触れたところに思わず、手を当てる。
「男はこうやって相手を慰めるものだと教えてもらった」
 誰がそんな下世話な事を……と言いたいところだが、それの発言者がすぐに分かってしまうのでティエリアは何もいえなかった。一般的に知られている、おそらく書面では得る事の出来ない知識を教えてくれたのは、いつも彼だ。
「まったく!」
 腕にかけられていた手を乱暴に振り払い、ティエリアは部屋を後にした。刹那が何か要っていたような気もするが聞かないことにした。
 地上を駆けたみたいに鼓動が早い。
 いとしいひとが、いとしいひと達が増えていく予感がした。

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