彼の唇を舐めて、口腔に入り込む。奥まで暴くと、互いに息が上がった。衣擦れの音や乱れた呼吸が、更に自分を追い立てる。
彼の服に手をかけた。脱がしていくと、上半身があらわになる。問題はスラックスに手をかけた時だった。
「駄目だ、ロックオン」
今まで大人しくしていたティエリアが抵抗した。急な抵抗にロックオンは驚いた。
「何で?」
「……失望させます」
「失望ってなんだ? 俺はお前が男だって知ってるんだ。何か問題あるのか?」
「あるんです」
ティエリアは抵抗する手は緩めなかった。しかし、元々の体格が違い過ぎる。少し力を入れると、簡単にスラックスは足から抜けた。同時に下着も取り払う。それでもティエリアは抵抗した。ブランケットを下半身にかける。
「……ティエリア」
ロックオンはティエリアが抵抗するのは、普段の強情な性格がさせているのだと思った。だからブランケットを外してしまう。
「……見ないで下さい」
ティエリアは身を丸めたが、一瞬遅れた。ロックオンの目にティエリアの下半身が入った。……何もなかった。男性と言えるものも、女性と言えるものもなかった。
ロックオンは息を呑んだ。
「だから言ったんです」
ティエリアはロックオンに背を向ける。ベッドの上に散らばる衣服を身に着けようとした。
「待てって、ティエリア」
ティエリアの顔を覗こうとしたが叶わなかった。下を向いてしまっている上に、長めの髪がまるでカーテンのような働きをして顔を隠してしまっている。
「……驚かなかったって言えば嘘になるけど」
今にも逃げ出しそうなティエリアの腕をつかんだまま、ロックオンは話し出した。
「あるとかないとかで、急に考えが変わったりはしない」
「嘘です。……気持ち悪いと思ったでしょう?」
あるべきものがないのは、確かに驚いた。しかし、気持ち悪くはなかった。瞬間、浮かんだものは宗教画で描かれる天使の絵だった。無性のものとして描かれている絵画。
「いや、思わなかった」
うつむいたままのティエリアの髪にキスを落とす。柔らかな髪は触っているととても気持ちよかった。
「天使サマに触れていいのか分からなかったくらいだ」
ふ、と笑い声が聞こえる。失笑に近かった。
「そんな立派なものではないです」
ティエリアは、自分が何者か話そうとはしなかった。ロックオンもわざわざ聞こうとしない。
後ろからティエリアを抱きしめた。抱え込んでしまうと自分の腕の中にすっぽりとはまってしまう。
「痛点はある?」
唐突な問いにティエリアは不思議そうな顔をした。
「……? あります」
「じゃあ、ちょっとだけ」
首筋にキスをする。何度も何度も啄ばむようにしていると、ティエリアの体が揺れた。
「ちょ……と」
「くすぐったい?」
「くすぐったいと言うか……」
「気持ちいい?」
手が肌の上を滑る。わき腹や首筋など、くすぐったさを感じるところに快感のポイントがある。ロックオンは重点的にそれらに触れた。
「ん……っ」
かすれた甘い声。くっついていないと聞こえないような小さな声は鼓膜を刺激する。
「あ……ふ、っ」
ティエリアの体が波打った。下腹部が揺れる。何もないなだらかな腹が痙攣をするように揺れているのを見ると、そこに快感が集まっている事がわかった。
何もないだけに、揺れる様は酷く卑猥だ。
「ティエリア」
名を呼ぶ。
「ティエリア」
応えはなかった。すすり泣くような喘ぎ声だけが部屋に充満する。
ティエリアの息があがる。呼吸困難になるんじゃないかと思うような呼吸にロックオンは気がついた。
――もしかしたら、吐き出す事が出来ないからかもしれない。
本来、人間なら体に溜まった熱を放出する事が出来る。しかし、ティエリアの体で出来るかはあやしいものだった。熱が体の中で回り続けるだけなのかもしれない。
意図的に動いていた手が次第になだめるようなものに変わっていく。ゆっくりと背を撫でてやると、ティエリアは大きく呼吸をした。
胸でずしりと重さを受け止めた。髪をすいてティエリアの顔を覗くと、涙の後を残したまま眠っていた。すうすうという呼吸音が聞こえる。
ロックオンは、ティエリアにブランケットをかけてを抱きしめたまま物思いに耽っていた。
ティエリアの仕草や声は、たしかにロックオンを刺激したが、それ以上なにかをするような気にはならなかった。
幼いものに触れるような罪悪感と、崇高なものに触れるような背徳感が心に残る。彼自身、そう扱って欲しくない事は分かっていたが、思わずにはいられない。
どちらでもない性。彼の潔癖な性格をよく表している様な気がした。
腕の中で眠るひとを見ながら、自分の心が本当に彼に堕ちていっていいのか、今のロックオンには分からなかった。